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かつて北の商都として栄華を極めた街 小樽(2)

 日銀通りと色内大通りが交差する一帯は、かつて小樽が栄華を極めた頃に「北のウォール街」と呼ばれるほど、中央の銀行や地元銀行の本店・支店が建ち並んでいた場所です。

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 日本銀行旧小樽支店は、明治45年(1912年)築のルネサンス様式で、東京駅の設計者である辰野金吾らの設計によるものです。 現在は金融資料館として内部が公開されています。

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 商都小樽の象徴といえば運河を思い浮かべますが、その完成の40年以上も前の明治13年(1880年)、新橋-横浜、大阪-神戸に続く3番目の営業鉄道として開業した、小樽-札幌間の鉄道の始発点でもあるのです。小樽-手宮間の「手宮線」は1985年にその使命を終えて廃線になりましたが、いまもその跡は散策路となって一部が整備されています。

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 「北のウォール街」から西へ延びる堺町通りは、往時の商家をそのまま残した街並みが続く一帯で、ガラス細工や海産物を扱う店が並ぶ観光スポットになっています。修学旅行の学生や、中国、台湾、韓国から訪れた大勢の観光客が、土産物を探しながら歩いています。

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 海産物屋の店先はどこもミニ水族館のようです。生きたカニや貝類など、北の港町ならではのものを売っていました。

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 今や小樽の名物となったガラス工芸品は、元々漁に使われていたガラスの浮玉がプラスチック製のものに変わったため、その代替生産物としてつくられだしたのが始まりとのことです。全国的に有名な「北一硝子」は、石油ランプの製造が会社の起源だそうですが、今も店内には色とりどりの大小様々なランプが、ガラス工芸品とともに販売されています。

 海産物屋の店先には、今や客寄せのためのオーナメントとなった、大きなガラスの浮玉が置かれていました。

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