隠岐の思い出
7月に取材に出かけた、島根県・隠岐の島の思い出は強烈に今も残っている。環境省のエコフロー事業でモデル校になった海士町学校を訪れた。エコフロー事業は2006年からはじまり2009年に終了した事業で、全国の学校から応募されたもののうち7校の事業に補助をしてエコ改修を行ったものである。
この改修の様子は、エコガラスのホームページにも近々掲載予定であるので、それに譲ることにして、途中の風景や初めての体験であった隠岐の島の風土などを書きたい。まず、羽田から米子空港に飛びそこから、島根半島の日本海側にある七類港から隠岐汽船のフェリーで島前(どうぜん)の中ノ島にある海士中学校を訪ねた。
まず七類港のフェリーターミナルはメテオプラザと呼ばれ建築家高松伸氏の設計、島根のご出身だそうだ。建物の評価はご覧ください。私は何とも言えません。
当日は凪のように穏やかな日本海を進み、3時間で菱浦に到着。早速、教育委員会の車のお迎えを受け、海士中で取材しました。
礼儀正しい生徒さんの「こんにちは」に迎えられて、エコフレームなる日射遮へい装置や窓のエコガラスを見せてもらった。最初の年は村の人たちでどのような改修が良いか中学生を含む検討委員会で議論、建設の専門家への提案を作ったという。
教室が寒くなくなり、冬場には床まで広がる結露でPタイルが滑ることもなくなったと言う。
泊まった民宿「但馬屋」さんでは、大盛り上がりで小学生から高校生の3人の娘さんが三味線に合わせて伝統の踊りを披露してくれるなど、心温まるもてなしを受けた。
http://futamatamaru.com/tajimaya/top/hp-top071017.htm
そして翌日、目が覚めると風雨激しくそれでもようやく午後には薄日がさし、無事フェリーで帰ることができた。帰るにあたり、ちゃんとお参りしましたが、後鳥羽上皇のようにならなくてよかった、よかった。
