Builder’s Voice 工務店・ガラス店の声

「名医と呼ばれる建築屋であれ(後編)

金子一弘(かねこ・かずひろ)
1952年生まれ。大学卒業後、オフィス機器会社勤務を経て1977年、母方の祖父が経営する金子建築工業株式会社(岐阜県・恵那市)入社。1984年、同社代表取締役就任。1995年、協同組合東濃地域木材流通センターを設立、理事長に就任。
室蘭工業大学の鎌田紀彦教授に師事、東濃地域を拠点に次世代高断熱住宅づくりに取り組み、その普及に向けセミナー開催、講演会と全国を飛び回る。
長年にわたり断熱建築に関する材料・構造について自ら調査・測定し検証を重ねる。徹底した現場主義と実践に基づく手法、それをベースに舌鋒鋭く迫る理論から「エコ住宅のエバンジェリスト(伝道師)」の異名も。その飾らない語り口と骨身を惜しまず動き続ける姿は、地域の工務店から全国の研究者まで幅広く厚い信を集めている。NPO新木造住宅技術研究協議会岐阜支部長。2007年、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程前期終了。


地域を知る名医であること=地元工務店の優位性

「土壁もはじめは社内で反対されたんです、お施主さんにお金の負担がかかるって。でも最近は建てたお客さまの「土壁にしてよかった」というリアクションを経験して、みんなが心をこめておすすめするようになりました」
「若い社員には、現場で仕事をしている私たちにとってお客さまの意見がどれほど大事か、その声を聞いて学んで直していく「感度」を教えていかなきゃいけないと思っています。時々お施主さんのところに連れて行き、帰り道で、何を感じた?と質問するんですよ」

――高断熱住宅は、家づくりの基本として社内全体に浸透しているのでしょうね。

いいえ、お客さまより社員を説得する方が大変なんですよ(笑)
もちろん、うちのスタッフは性能に関する知識も考え方も、よそと比べれば雲泥の差があります。でも、まだ甘いですね。

感性をね、デザインの方しかあまり磨いていないから、性能に関してはどうしても低いんです。性能を譲らない家づくりができるまでに10年かかりました。

――スタッフの方々は日頃からモデルハウスで性能を体感したり、現場でも見ておられるのでは?

そう、だから最近は社員の自宅もこういう施工の家が増えています。
そして建てるとみんな同じことを言うんですよ。「高いっていうけど、住んだらもうやめられない。こんな家で育った子どもは嫁にも行けない、どうしよう」ってね(笑)

それでわかったんです。内輪からファンを作らなきゃダメなんだ、と。
私がいくら説明しても、人は理屈じゃ動かない。でも体で感じたことは行動に変わるんです。自然に言葉にもなって出てきます。
長期優良住宅や耐震断熱改修など、補助金付きの先導事業として採択していただいた枠内で、昨年は社員の住宅も何軒か改修しました。

自分たちを医者だと思ってみるんですよ。
建てた家のお客さまから出てくる意見、例えば夏場に足が冷たいといった声を聞いたら、その場で「床に小さいサーキュレーターを置くだけで足元は暖かく、部屋全体はもっと涼しくなります」とすぐアドバイスできる。

それができれば、お客様からプロとして尊敬の目で見ていただけるようになります。名医と呼ばれる人を患者さんが尊敬するように。スタッフにはそうなってほしいですね。
これは完全に、大手ハウスメーカーと違う、地域の工務店としての差異になるんですよ。そういう「地域の名医」と呼ばれるような建築屋を作っていかないと。


自腹の講習会ですべてのノウハウを伝授する、その理由

東濃地域40か所の製材所から集まる東濃ヒノキをはじめ、全国からやってくる材木が並ぶ木ポイントの倉庫。この規模の倉庫がいくつも建ち並び、常時約1,300m3の材木が買い付けを待っている。 トラスの小屋組が美しい、木ポイント内のセミナー室。講師によるレクチャーのほか、壁際には多くの模型が置かれ、断熱手法の実際を手に取って学ぶことができる。
工務店向けの省エネ住宅技術講習会は、高断熱木造住宅を建てる際に必要となる材料・構造・法規・施工の知識が網羅された内容となっている。

――「木(キー)ポイント」の愛称で、木材流通業務のほか工務店向けのセミナーや一般向けのイベントも行う施設の理事長も務めておいでです。

正式名称は「協同組合東濃地域木材流通センター」といいます。地元産の銘木・東濃ヒノキをはじめ全国から集まる木材の合理的な流通・販売を行い、さらに消費者・木材生産者・工務店などの技術者を情報と流通で結びながら、地域の木造住宅の建設を推進する活動をしています。

――地域の工務店を対象とした省エネ住宅技術講習会は、恒常的に開催されていますね。

1995年の施設設立時からずっとやっています。
講習会では、断熱材の納まりとか気密の取り方の模型をたくさん作り、うちが持っているノウハウを全部、特許も取らずオープンにして教えています。
講師陣も、鎌田先生をはじめ各地の大学などで構法や木質材料、省エネルギーについて専門に研究している先生方に来ていただいています。

講習費は講師への謝礼など、ほぼ実費だけです。場所は木ポイントにあるし、専従スタッフとして社員を1人つけていますが、その人件費も持ち出し。
地元のほかに関東・北陸・近畿・中国・四国からも、工務店の担当者から個人の大工さんまで勉強に来ます。うちのライバル会社まで来ていますよ(笑)みんな真剣です。

――いわゆる「企業秘密」のはずの技術や情報を公開し、しかも格安で、なぜ講習するのですか。

やっぱりこれは、たくさんの人たちが一緒にやっていかなきゃならないことなんですよ。
我々が趣味や道楽で年間20軒建てても、何の役にも立たない。でも地域のみんなで200軒300軒建てて、マーケットの1割が高断熱住宅になったとき、革新的に日本の住宅は変わります。

住宅供給は今、材料も手間も下げる一方の消耗戦になりつつあります。そして後にはクレームの嵐。
そんな中で、真面目にいい家をつくりたいと考える人に、トンネルの出口に続く明かりを示すことができたらと思っています。そういう大工さんたちが生き残らなかったら、材木も売れないしね(笑)

まっとうな家づくりをやる人が育っていくのはうれしいですよ。
「地域の名医としての建築屋」というモチベーションをもって、それぞれの場所で家づくりをする人たちが各地に増えてくれたら、楽しいじゃないですか。

それに、うちは岐阜では本家ですから。勉強しにきた弟子に、のちのち「あそこで勉強した」と言わせることができたら、うちが値切られることはない(笑)でしょう? そして、本家であるためには常にトップを走っていないと。妥協せずに次々に新しいことをやっていかなければいけないんだよね。


住宅という社会資本づくりを地場産業に取り戻す

木ポイントの地下にある講習室は分厚いコンクリートの壁に囲まれ、真夏でもひんやりと涼しい。「これが、熱容量のなせる技ですよ」 モデルハウスを会場に、一般向けの家づくり勉強会も定期的に開催している。
東濃の山々を背景に、おびただしい量の材木が夕暮れに染まる。中央に見えるのは木材の減圧乾燥実験装置。東京大学の研究室とともに実験・測定を続けている。

――家づくりを考えている一般の人々向けの勉強会も、木ポイントでは開いていますね。

住宅って個人の財産みたいに思うけど、実際には社会資本なんですよね。今は空き家が社会問題になっていて、人の住まない家が全国で700万戸もある。社会的な負債として残っちゃってるんですよ。

しかし、責任を持ってちゃんとしたものをつくっておけば、元の住まい手がいなくなったあとも、誰かが住んでくれるんです、必ず。
いい例がうちの実験住宅です。つくって7、8年でデータを取り終わり、補助金も切れたら、8掛けくらいで払い下げて社員が住んでいますよ。みんな性能を知っているから。

こういう家なら、エアコンなどの機械設備も最小のものでいける。高断熱住宅が一般化すれば、日本の国が変わると私は思っています。中東からくるタンカーは減るし、電気の消費も少なくなるし。

――講習会やイベントには、一般の方々の家に対する意識を底上げする意味がある、と。

はい。
それに、地域に合った性能を持つ住宅が普及していくと、家づくりは地場産業に戻ってくるんですよ。
それぞれの地域の年間冷暖房負荷を考慮して、太陽光発電パネルを載せるために屋根面積をどれくらいにするか…といったことになると、大手の規格住宅ではそうはできないですから。

建築はまさに「現場」の世界なんです。だから講習会も、基本的には設計事務所さんの参加はお断りしています。現場監理ができる、医師に例えれば論文を書くだけでなく実際に手術のメスを持てる人でなければ、最後の責任が取れません。

――現場をよく知り、そこで実際に手を動かせる人々と一緒にやっていく、というスタンスですね。

そう、勉強会に参加した大工さんや工務店さんから相談された現場のクレームを、山ほど浴びてきているからね(笑)

こういうことをずっとやり続けて、外に向けて発信していきたい。
でも、私たちの商売は10年後、30年後にわかるものです。できたときの性能はいいけど、その後はどうなのか?だから、10年後の取材もしてほしい。そう思っているんですよ。


取材日:2012年7月29日
聞き手:二階幸恵
撮影:渡辺洋司(わたなべスタジオ)
金子建築工業株式会社
金子建築工業株式会社
岐阜県恵那市
社員数 47名
注文住宅、リフォーム業・断熱改修リフォーム・不動産業・木材、建材販売

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