Builder’s Voice 工務店・ガラス店の声

ガラスはもっと表に出てきていい

小黒正博(おぐろ・まさひろ)
1958年生まれ。大学・大学院では建築構造を先攻。修了後、大阪の大手硝子卸売会社に勤務し、1986年小黒硝子店装に入社。95年代表取締役に就任。

欧州旅行の最中に起こったチェルノブイリ原子力発電所事故に対する各国の情報格差や被害への対応を目の当たりにし、地球環境への責任を痛感、現在に至るまで地球環境保護への関心と情熱を持ち続ける。2000年より環境経営にシフト。一般向けのエコガラス取扱に本腰を入れ、2004年に『断熱工房』と銘打ったショールームを開設。高機能ガラスの性能実験機のほか、各種断熱窓のサンプルやガラスアートまでを展示する。
ガラス業界の現状への深い憂いをバネに、大正時代から百年以上続く老舗ガラス店三代目として常に新たな境地を切り拓き続けてきた。クールな理系的思考をベースとしつつ飄々と語る中に、地球や子どもの教育に対する熱い思いが見え隠れする。防犯設備士・住宅断熱施工技術者


赤字にならなければいい。お客さまのためになる仕事を

三滝川にほど近い社屋では1階に工場とショールーム、2階に事務所スペースを配置。外壁には『断熱工房』の文字と猿のマスコットキャラクター、さらに小黒さん本人の巨大な似顔絵が設置され、目を引く。似顔絵は旅行で訪れたスペインの街角で描いてもらったもの
2階の商談テーブルでお話を聞く。渡された名刺には“地球のために戦う窓の専門店”と刷り込まれていた

──現在の業務内容についてお聞かせください。

以前は大手ホームセンターとの取引や工務店さんの仕事が中心で、商業施設のショーケース用ガラスなどを多く扱っていました。一般のお客さま向けの業態に切り替えたのは2000年のはじめです。

──ガラスのほかに太陽光発電設備やバイオマスストーブなど、環境や省エネ関連のさまざまな商材を扱っておられるようですが。

以前はいろいろありましたが、最近はしぼられてきました。今は窓ガラスを中心に住宅をまるごと断熱・省エネリフォームするというパターンが増え、昨年は新築住宅も受注しています。
電気屋さんや断熱屋さんなど異業種とコラボし、窓口になることも多いですね。

──なぜ、エンドユーザー向けにシフトされたのでしょうか。

お客さまひとりひとりにそれぞれお必要なものを直接提供したいと思ったからです。間に誰かが入ると、別の力が働いたりして本当によいものを提供できない場合もありますから。
とにかく赤字にならなければいい、儲けるよりもお客さまのためになる仕事をしたいと考えているんですね。商売人としてはダメなんでしょう(笑)

──エコガラスや省エネへのこだわりには、そういった面もあるのですね。

環境が対して良いことをやって飯が食えるなら、それにこしたことはないですよね。


依頼を否定するところから提案が始まる?

ショールーム最大の見せ場・オリジナル断熱実験機。業務用冷凍庫を改造して、サンプルガラスにサッシを合わせた4つの“窓”をつけた。「これを見た方みんな、納得されます」頭上に見えるのはバックミンスター・フラーが提唱した概念『テンセグリティ』によるオブジェ。建築構造への造詣の深さがうかがえる
断熱実験機のディテール。「価格差もきちんと言いますよ。『これとこれはわずかだけど、これとこれはめっちゃ差があります』とかね(笑)」

──お客さまの属性・傾向はありますか。

年齢は60歳前後で、住まいに対してこだわりを持っておられる方。このようなお客さまが“今からの20年をどう太く生きるか”のお手伝いをするのが、私たちの仕事です。

──主にどのようなご依頼でこられるのでしょう。

その“ご依頼”を全否定するところから始めます。

──えっ?!

(笑)勉強して知識をたくわえ、具体的な商品名を挙げて「これをつけたい」というご依頼が多いのです。
そこで、まず家を見せていただいて、そこからわかる“本当に必要なもの、言葉にならない求めているもの”を発見してご提案するんですね。

例えば遮熱エコガラスをつけたいとおっしゃる方の家を拝見して「この家でそうすると冬はめっちゃ暖房費が要るようになりますよ」とか。言っていることと求めている環境が違うことをお話しし、その後ショールームでの実験機体験で信用していただいて、具体的な提案につながります。

──ある程度の知識を持っておられるお客さまへの説明は、難しい場面もあるのでは。

空気線図*を使ってご説明することもあります。

以前、マンションにLow-Eガラスの内窓をつけたお客さまが「結露する」と言ってこられたことがありました。
そこで住戸の内外に温湿度計をつけ、24時間測定をしばらく続けてデータを取りました。その数値と空気線図を並べて「結露した日はこんな日ですよ」と。

──外気温が低くて室内の湿度が高い状況だった…

これで、窓そのものの性能が原因ではないことが説明できます。空気線図は武器ですね。


理想の窓で“ピンピンころり”の家に

電球入りの遮熱体感ボックスなど、おなじみのデモ機もずらりと並ぶ
自ら基本設計を手がけたショールームには、ガラス関連のほかに断熱材やサイディングなど住宅リフォーム用のさまざまなサンプルが展示される。前半分が吹抜けとなっていて明るいスペースだ。階段を上り、事務所に至る

──提案のベースに置いておられるものはなんでしょう。

“健康”ですね。
だから、リフォームでは洗面・廊下・トイレの断熱を真っ先にご提案します。床を工事する場合には床暖房も。

──ヒートショック防止ですか。

はい。そういう家はやはり居心地がいい。
それに、暖かい家に住んでいると冬場もアクティブに外に出て行けるんですよ。だからヨーロッパの人は雪が降っていても散歩に出かける、と聞きました。

──床や天井の断熱や水まわりの改修、バリアフリー工事など、窓周辺にとどまらない総合的なリフォームを手がける割合も多いそうですね。

ガラスだけという仕事は、今はほとんどありません。
でも、住宅にとって窓はとても大きな存在。内部からの熱流出も大きいので、窓なしにリフォームは語れません。
“理想の窓をおすすめするために家全体のバランスを取りながらリフォームをご提案する”という感じでしょうか。

──お客さまの想定より大きな工事になることもあるのでは?

見積が予算の10倍になるような場合もあります(笑)
でも、いくら価格が高くてもお客さまが投資する価値があるものであれば、自信を持っておすすめしますよ。電気代とか数字も出して十分なご説明をします。

“ピンピンころり”というのがあるでしょう? 健康寿命が延びる家づくりは、お客さまにとって良いこと。その上で私たちの仕事も成り立つなら、本当にいいですよね。


タウン紙上でコラムを書き、情報発信

小黒さんのコラム『ピンピンころりのススメ!』が載っている『タウン情報ゆーよっかいち』は、四日市市内に毎月8万部が配布されるフリーペーパー。省エネ住宅と健康について書いた第20回は、健康や介護に関する特集ページに掲載されていた
すりガラスにカラーペンで色をつけて重ねたガラスアートは「自閉症の子につくってもらい、商品化していくばくかのお金になったらいいな、と思って試作しました。でも行政が“ガラスは怪我するからダメ”だって(笑)」市内の高校の特別支援学級で簡単な建築構造力学の講義を行い、好評を博したこともある。地域の子どもたちに向ける目は温かい

──外部への情報発信はどのように?

月に一度発行される『ゆーよっかいち』という地域のフリーペーパーにコラムを連載しています。次で21回目ですね。
私たちがターゲットとしている年齢層の方々にけっこう読んでいただいているんですよ。1回3万円で、広報宣伝費としてもローコストです。

チラシは年に2~3回、補助金が出たときなどに5万部ほど刷って、日刊紙に折り込んでいます。

ショールームが完成したときは、宣伝を兼ねて地元FM局の生中継をやったり、弦楽四重奏のコンサートも開きました。今はある程度の知名度を得たので、イベントよりもお客さまへのご説明・ご提案時にお招きするのがほとんどですね。

──新しい技術情報の獲得などはどうなさっていますか。

三重県内の同業者の定期的な会合が昨年から始まり、出席するのが大きいですね。年に4回です。
私の場合は、現場で役に立つ技術を教えてもらうことが多いです。メーカーさんのマニュアルはメーカー目線ですが、実務者からの情報はもっと工事がやりやすいんですよ。

反対に“どんな提案をすればいいか?”といった話題では、よく意見を求められます。
前回は「ジャロジー窓の手前にハニカムスクリーンを使うと費用対効果抜群」という話をしました。少なくとも熱だけは止められるので(笑)

商圏が重ならずあまり競合がないので、みんな自由に情報を出し合っています。


ガラス屋のアイデンティティは“ガラスを扱うこと”

業者会合以外にも、情報収集や多くの人との意見交換を常に心がけ、出身大学のある東京や修業時代を過ごした大阪にもフットワーク軽く出向く。業界を俯瞰しつつ、揺らぐことなく独自のスタンスを保つ

──現在のガラス業界について、どのようにお考えでしょう。

住宅の中の要素としてガラスはすごく大きいはずなのに、お客さまと話をしていると「窓とはサッシにガラスがついているもの」みたいな感覚をお持ちなんですよ。

それは違うだろう、と。
窓の性能を担保するのはガラスで、サッシはガラスと建物の躯体をつなぐアタッチメント。なのに現状は圧倒的にサッシ屋さんにやられている。愉快ではないです。

ガラスは、もっと表に出てきていいと思うんですよね。
機能ガラスのことをよくわかっていないお客さまは多いんです。しかも日本は冷房負荷より暖房負荷が圧倒的に大きい土地柄がほとんどですから、メーカーさんは遮熱エコガラスとは違う話をするべきではないでしょうか。

──これから先、何をやっていかれますか。

最近、メーカーさんからは「完成品で安くしますよ」とよく言われますし、これからは樹脂サッシも増えてくると思います。
でも、ガラスを扱わなかったらガラス屋のアイデンティティがなくなってしまう。そこは譲ったらいかんと思いますね。

弊社ではこだわりを持って、サッシに特定のエコガラスを入れるよう指示して窓をつくり、売っていきたいです。
ガラス屋がガラスを扱わなくなったら、ダメですよ(笑)


*空気線図:空気中の温度や湿度、露点温度、エンタルピーなどのうち、2項目の数値がわかれば残りの数値がすべてわかるようにつくられた線図


取材日:2016年3月15日
取材・文:二階幸恵
撮影:渡辺洋司(わたなべスタジオ)

小黒硝子店装株式会社
小黒硝子店装株式会社
三重県四日市市
社員数 5名
事業内容/窓・ドア等開口部の改修/窓の断熱改修+床暖房導入/天井裏・壁等断熱改修/ガラス・サッシ等修繕/各種エクステリア工事

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