Designer’s Voice 建築設計者の声

風や光と過ごす“住処”をつくる

杉浦 充(すぎうら・みつる)

1971年生まれ。多摩美術大学・大学院で建築を学ぶ。1999年よりナカノコーポレーション(現・ナカノフドー建設)に勤務、設計・施工を担当。2002年充総合計画一級建築士事務所を設立、現在に至る。2006年第4回NiSSCイソバンドデザインコンテスト特別賞、2019年屋根のある建築作品コンテスト(タニタ)優秀賞受賞。

最都心の狭小住宅からオフィスビル・店舗・公共施設まで多様な建築を設計。自然素材の質感を重視し、とりわけ木造住宅では無垢材の柱や梁によって素材と構造を目に見える形で表し、建物のでき方の本質を住まい手に伝えることを常とする。
デザインにこだわりつつ施主の立場に立ったコストマネジメントを忘れず、長期優良住宅に代表される高性能住宅向けの各種助成関連にも精通。物静かな佇まいと誠実な対応、豊かなアイディアで施主からの絶大な信を集めつつ、その奥に沈潜するのは妥協なき設計への強固な意思。2010年京都造形芸術大学非常勤講師、2012年よりNPO家づくりの会副代表理事、2016年より社団法人建築家住宅の会監事・事務局長。一級建築士・既存住宅状況調査技術者・住宅建築コーディネーター

耐震・断熱は建物必須の性能 エコガラスは欠かせない

省エネ基準をはじめとする建築物の性能を常に意識した意匠設計をなさっています。重視する点は?

木造住宅ではまず耐震・制震を考えます。
耐震等級は3にもできますが、建物を固くするだけよりも、等級は2程度にして制震性能を加える方が多いですね。
組み合わせることで、繰り返す大きな地震に対する粘り強さが増すからです。固さだけ上げても、繰り返す地震動で釘や金物が緩んでしまえば設計時の耐力を維持することができません。
等級3より、等級1で制震を入れた方が粘り強いという実験データもあります。

制震システムで揺れを吸収し、建物を長持ちさせるということですね。断熱・省エネ性能はいかがでしょう。

とくに住宅では、断熱等級4以上を必須にしています、ローン減税などにも関わってくるので。住宅建設時の補助はここ十数年で基準も制度も大きく変わり、設計者がすべてを把握するのも大変ですが。

性能の確保を強く意識されるのはなぜですか。

事務所設立以前はゼネコンに勤務していました。そこで棟数を踏み、多くの経験を積んだのがきっかけです。

とくに断熱性能については“夏あったかい屋根”をたくさん見てきたので(笑)
そこから省エネ基準について調べ始めましたが、当時はハウスメーカーが建てている家でも断熱材は薄かったです。

そこで独自に、屋根にはスタイロフォームを最低でも10cmは入れよう、というところから始めました。15年前には、自宅の屋根部分をふかして断熱改修もしています。

設計される建物はどれも、屋根・床・壁などに十分な断熱性能を持たせています。開口部の断熱は?

窓はほぼ全部エコガラスです。断熱等級に直接影響してきますから。
富士山が見えるなどの良い条件があって西側に窓を取る場合は、遮熱性能の高いものを採用します。加えてそこに落葉樹を植えることで西日を遮ったりもしますね。

南側の窓では、日射取得型のエコガラスにして冬の日差しを室内に取り入れるようにしています。
ここで使い方を間違えると、暖房費がとても高くなるんですよ。夏の暑さの方がどうしても印象に残りますが、実は冷房より暖房の方がよりお金がかかるんです。

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真01

上階を住居、半地下部分を仕事場とする自邸兼事務所でお話をうかがう。天井全面をくもりガラスのトップライトとしたミーティングスペースは、あいにくの雨模様でも十二分に明るかった

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真02

設計を手がけた東京都内のある住宅では、西面にエコガラスのFIX窓をつけた。階段を登り切ったところで視線が気持ちよく抜け、都心の住宅地では貴重な緑の借景が取り込める。隣家から覗かれる心配のない位置でもある。技ありの窓

明るさは窓の数やサイズにあらず。必要とされるところに必要な大きさで

窓の役割に関してどのようにお考えですか。

窓は光を調節し、空間を演出し、さらには外の景色を取り込む存在と思っています。

住宅の設計では、落ち着きたい場所では低い位置に窓をつけ、ご飯を食べるような場所は天窓や高窓にします。高いところから光が落ちてくると人間の目は瞳孔が開いて、外にいるような感覚になるんですよ。

明るさは、窓の大きさによってだけ感じるものではないんですね。

だから、明るい家にしたいとのご希望をいただいたときも、根拠なく大きな窓を設けたり、あちこちに開口を取ったりはしません。必要とされるところに必要な大きさの窓をつけています。
いくらエコガラスでも、断熱力は壁にはかなわないからです。

ただ数が多いとか大きいだけの窓は、かえって室内の快適さを損なう可能性もあるのですね。

デザインと性能が相反する場合はどのような対処を?

意匠で昇華させるようにしています。

例えばエコガラスの大きな窓は、強度面で最大製作寸法が限られるために横桟を入れなければならないことがあります。
さてどの位置が望ましいかと考えるとき、黄金比で考えるのもひとつの方法ですが、私は自分の感性で決めています。

決まった評価基準に頼らず、その場だけが持つ美しさを独自に見つける。

自分の感覚や感性を信じている、というか…

窓以外でも、すべての箇所が“残念なことにならないように”と常に考えています。

現場では、たまたま施工者が間違えて設計通りに作られなかった部分なども出てきます。そんなときは全部やり直すのでなく「こうすればもっといいよね」と工夫して、もとの設計と同等もしくはそれ以上のものにしていくんですよ。
これなら施工者のモチベーションも下がりません。

誤りからより良いものを生み出す。まさにセンスが求められますね。

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真03

畳敷きの和室に切った地窓。高さは90cmあり決して小さくない開口だが、位置が低いため落ち着いた雰囲気となり、外部の視線も気にならない

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真04

北の高窓と西の腰高窓、さらに手前のキッチンには東向きの窓があるダイニングキッチン。外の日差しを直接浴びているようにさわやかな空気感だ

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真05

前面道路からドライエリアに降りたところに入口がある事務所には、2種類の開口がある。左は庭の風景を美しく切り取るFIX窓とし、右にはガラスを張らない通風・換気用の扉を設けた。用途を分解することでピクチャーウインドーの効果が高められている

コロナ後の世界、家は“家族と一緒に・長く・快適に居られる”場に

設計にのぞむ際、もっとも大切にしていることを教えてください。

距離感です。バランスと言い換えてもいいかもしれません。家族と家族、建物と街並み、建物とお隣、素材、色など。

とくに住宅は家族それぞれが実はみんなバラバラなので、コミュニケーションについてよく考えないと息苦しいんですね。

新型コロナウイルスの発生・拡大で家にいる時間が長くなりましたが、昨年竣工した家のお施主さんから連絡があって「在宅勤務になったけれど、何の問題もなかった」と言ってくださったんですよ。

何がよかったのでしょうか?

その家ではご夫婦別々の趣味をお持ちだったので、3階に自転車を保管できるご主人の趣味室、2階に家事室を兼ねた奥様の洋裁工房スペースをつくりました。リビング脇にはお子さんが勉強もできる家族みんなのワークスペース、それに周囲からの視線を気にせず外にいられるバルコニーもある、スキップフロアの住宅です。

多様な内部空間がおのおのの居場所になり、家族がほどよい距離感を保てる家なのですね。

それに、今回のことで今までこわれていた“住処(すみか)”という言葉が蘇ってきたように思うんですよ。

以前はみんな外にいて、家ではただ寝るだけでした。
そこに、家族と生活しながら長い時間居なければならなくなった。そうなると長く居てもストレスにならず居心地がいいことが大切になります。
日中も電気をつけないといられないような家ではダメなんです。

空間的にも、より余裕が求められるようになるかもしれません。

今後、テレワークの普及で長時間通勤や通勤そのものが減っていくと、駅近ではなく郊外に家を建てる人が増えるかもしれません。
土地が安ければ半屋外のスペースや中間領域を持つ住宅がつくりやすくなり、密にならないコミュニケーションも可能になります。

個人的には、帰宅後すぐ手洗いできるシンクや玄関から浴室に通じる裏動線、外で着ていた服を室内に持ち込まずに掛けておける中間的なスペースなどを、これからは提案していくかもしれません。安全に置き配ができる場所なんかもね。

建物の素材も変わってくるでしょう。長く居るのなら、ビニールクロスの壁や樹脂の床よりも、古びながら美しくなる自然素材にこそ人は囲まれていたいはずですから。

家族と一緒に居心地よく、快適に長い時間居られる、それが杉浦さんの考える“住処”だと。

そして、風や光と一緒に朝・昼・晩を過ごしていく。これからの家はそういう場になっていかないと、と思っています。

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真06

家族間の距離に配慮し設計された住まい。リビングから半階上げた奥にご主人の趣味室を置き、家族の共有エリアから少し外れた“離れ”のような雰囲気をつくった。テレワーク時の仕事場としても使いやすい(写真提供・充総合計画)

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真07

ダイニングの奥、つくりつけ棚のあるスペースが奥様の洋裁工房。リビングとの間にある階段がバッファゾーンとなり、落ち着いて作業に集中できる(写真提供・充総合計画)

風や光と過ごす“住処”をつくる-詳細写真08

家族のワークスペースは低めの収納棚でリビングと仕切られ、お子さんが勉強していてもその姿が目に入らない(写真提供・充総合計画)

取材日2020年5月16日
取材・文二階さちえ
撮影渡辺洋司(わたなべスタジオ)
充総合計画一級建築士事務所
社名
充総合計画一級建築士事務所
URL
http://www.jyuarchitect.com/
住所
東京都目黒区
社員数
4名
事業内容
建築設計・監理/リフォーム/リノベーション
エコガラス