事例紹介/リフォーム

ようこそ、我が家へ 〜オープンルーフのあるパッシブ都心住宅〜

開口部にこだわった新築レポート -東京都 T邸-

Profile Data
住宅形態 木造地上2階建(木造集成材金物構法=SE構法)
住まい手 夫婦+子どもふたり
建築面積 108.73m2
延床面積 137.61m2



今月の家を手がけた工務店:参創ハウテック+カサボン住環境設計


都心暮らしでも<開けっぱなしにできる>家

北と東で道路に接し、南側は隣の建物が間近に迫るT邸は、外に直接面する開口部を抑えた典型的な都市型住宅
2階LDKはSE構法の特徴である無柱の大空間が広がる。家づくりの優先順位のトップに<安全性>を挙げ、構造について自ら調べたTさんは「構造計算や金物についてしっかりしている工務店さんがいいと思っていました」SE構法による住宅施工で圧倒的な実績を誇る参創ハウテックとの出会いは偶然ではないだろう
海外生活の中でご夫妻が集めた記念品が並ぶ玄関ホールの飾り棚は、思い出がつめこまれたT邸の顔

豊かな光と風を常に感じられる家に住みたい。多くの人が望みながらも、こと都会の住宅地では難しいこの願いをかなえた住まいを、東京に訪ねました。

Tさんご一家は、ご主人のヨーロッパ勤務に伴い、家族そろっての海外生活を長く続けてきました。日本国内への赴任と息子さんの中学校入学という節目を迎え、ご主人の生まれ育った土地での家づくりを決めたといいます。

<光と風>は家づくりの当初から念頭にあった要素。「ベルギーで暮らしていた頃は、見晴らしと陽当たりがよく、背の高いガラス窓をいつも開けっぱなしにして住んでいました。自分たちの家を建てるときも、窓にカーテンを引かず、開け放して風を通せる明るい家がいい、と思ったのです」

設計依頼を受けたカサボン住環境設計の井田晋介さんは「床暖房や全館空調など、設備を重視するお客さまは多くおられます。でもTさんはその逆。拝見した要望書から、周囲の自然環境を積極的に取り入れた家が求められているのだな、と感じました」と振り返ります。

環境設計・施工面でタッグを組むのは、<都市型パッシブデザイン住宅>を標榜し、科学的シミュレーションを土台に、温熱環境や省エネルギー面での高い性能と品質を追求する家づくりで知られる工務店・参創ハウテックです。

周囲の家が間近に迫り、窓開けひとつもプライバシーや防犯に気を遣う街なかでの<光と風をうまく取り入れ、窓にカーテンのない明るい家>への挑戦は、シンボリックなトップライトをつけた<オープンルーフのある家>として結実し、平成24年度建築環境・省エネルギー機構(IBEC)サステナブル住宅賞受賞へとつながっていきました。


シミュレーションを駆使して風と光を設計する

通風のシミュレーション。風の道である道路沿いに吹く卓越風の室内への取り込まれ方や量が、テラスの位置によって変わることがわかる(画像提供:参創ハウテック)
道路からの視線を遮り、風を効率よくとらえるために、テラスのルーバーには角度がつけられている。キャッチされた風はテラスに面した掃き出し窓を抜け、リビングダイニングへと流れ込んで行く
「風が吹いてくる方向に開くようになっているんですよ」と言いながらTさんが開けてくれた1階の窓。内側のハンドルを回すことで、網戸を閉めたまま窓の開閉ができる
キッチンシンク前にある窓からは隣家との境を吹き抜ける風が流れ込む。「建物間の狭い空間を抜けるとき風速は速くなり、しかも日陰なので、暑い時も熱風にならずに室内に入ってきます(阿式さん)」
採光シミュレーション。ハイサイドライトよりもトップライトによる日射の方が、北側奥まで届いている(画像提供:参創ハウテック)
南に配置された水廻りは、隣地からの視線をカットするため高い位置に窓が設けられた
左手のリビングスペースまで、トップライトからの光が届いている

家づくりは更地状態の敷地のシミュレーションからスタートしました。
「光・熱・風といった自然との<接点>はどこか、さらに<時間軸>をそこに与えることが、シミュレーションの考え方です」と、環境設計と現場監督を務めた参創ハウテックの阿式信英さんは話します。

通風シミュレーションでまず着目されたのは、掃き出し窓のあるテラス。
敷地の東側を通る道路は風の道になっていて、卓越風が一年を通じて吹き抜けます。この風を効率よく室内に取り込むために、リビングのある2階に配置するテラスの位置が東側に決められました。

家族の寝室が並ぶ1階も同様に、風をつかまえ取り入れる工夫がされています。縦滑り出し窓を多用することで、窓自体にウインドキャッチャーの役割を与えたのです。

昼間の奥様の活動場所となる2階では「夏場は窓を全部開けて、風がとても気持ちいいです」
風の道に面した南西の窓はもちろん、隣家の壁と接する東側に切られた窓からも涼しい風が入り、真夏でも午前中はエアコンなしで過ごせる空間となりました。

シミュレーションをふまえての窓の配置や形態による通風操作が、見事に実証されたといえるでしょう。

並行して進められた採光計画は、通常とは少し違っています。
すぐ近くに集合住宅が隣接するため南側に大きな開口を設けず、家事動線を検討して水廻りを配置することにしました。
その上で、メイン空間となるリビングダイニングに十分な日射を入れるため井田さんが提案したのが、ハイサイドライト(高窓)とトップライト(天窓)の2種類のアイディアです。

採光シミュレーションでは、光の射し込み方などのほか、壁や天井からの反射も含めて<室内がどれだけ明るく保たれるか>が検証されました。
結果「トップライトにすると、リビングのある北側の奥まで光が入ることがわかりました。ロフトも作れます」と井田さん。
一方ハイサイドライトでは光が奥まで届かず、テラスに面して立ち上がる外壁が圧迫感を与えることも判明。トップライトに軍配が上がりました。

そして今、北側のリビングは「冬の昼間はすごくあったかい。日が当たって気持ちいいです。北というイメージがありません」と奥様。Tさんも「この家では北は単純に南の延長。天窓のおかげで<どこまでいっても南>なんです」と笑いました。
採光シミュレーションの確かさを証明する、住まい手の実感が伝わる言葉です。


開閉するトップライトが温熱環境をつかさどる

屋根側から見たトップライト。勾配は緩く、外側からの掃除も簡単にできる。窓枠には鋼板が使われ、耐火建築物対応となっている
可動扉は室内側に設置された。季節や時間に合わせた日射の取り込みと遮蔽、さらに室内の熱の排出コントロールまでを、リモコン操作で自在に行える
下枠部分には、可動扉のエンジンとレールが内蔵されている。速度は10段階あり、もっとも速い設定では閉めた状態から約10秒で全開にすることができる
トップライトからの豊かな光をチークの床が受けとめる。日射熱は輻射熱の源として床や壁に蓄えられて部屋全体を暖める、T邸の温熱環境を支える重要なエネルギーだ。「エコガラスを使うと日射の進入割合が16%減少するので、トップライトでは複層ガラスを採用しました」と阿式さん
初冬の午後1時付近での、トップライトからの集熱状況を示すサーモグラフィー画像。ロフト部分に、日射進入による大きな蓄熱が見られる(画像提供:参創ハウテック)
プライバシー確保のため高い位置に窓を設けた寝室。各室にエアコンが設置されているが「とくに1階は夏は涼しく、冬も寒くない」と住まい手は口を揃え、断熱性能の高さがうかがえる

T邸の象徴であり、採光・温熱環境のカギを握るトップライトは、電動式の可動扉が付き、幅1250mm高さ2400mm。
一般的な掃き出し窓のサイズが幅910mm高さ1800mm程度であることから、当初はそのボリュームにTさんご夫妻も驚きを隠せず「天井から落ちて来ないの? って思いました(奥様)」

大きさによる圧迫感や落下の不安を解消するため、住まい手と設計者がそろって工場におもむき、実際の大きさや設置方法を確認した上で採用が決定されました。

位置決めの段階から、シミュレーションが活躍します。南寄りから北寄りまでそれぞれ配置した場合の「光の通り方や見え方、明るさまで全部見せていただきました」とTさん。
可動扉を閉めたときの室内照度は500ルクスで調整。他の窓からの採光や壁からの反射も考慮してこの明るさを決めた阿式さんは「本が読める限界のレベルだと思います。暗い方がお好きな方の場合は、300ルクスまで落としますが」と振り返りました。

採光と並び、トップライトに与えられた役割はもうひとつありました。ガラスを通じた日射熱の取得と排熱です。

季節ごとの可動扉の操作を「夏は朝から閉め切り、夕方暗くなったら開けて、就寝前にまた閉めます」と奥様。
日没後に開ける理由を阿式さんは「夜間に外気温が下がると、室内の熱がガラスを通って外に逃げる。いわゆる<煙突効果>です。窓の面積が大きいことと、高い位置にあるので排熱には効果的ですね」と説明してくれました。

反対に冬場は、朝からずっと開けたままにし日没後に閉めています。たっぷり射し込む日差しの熱を壁や床が蓄え、輻射熱が部屋全体を暖めるため「昼間は全然暖房をつけません」。

温熱面のシミュレーションを行った阿式さんは、太陽の恩恵を生かすこの省エネルギー手法<ダイレクトゲイン>によって「ひと月で3000キロワットの熱が取得でき、エアコン1台分がいらなくなる。それくらい大きなレベルの話です」とにっこりしました。

T邸につけられた窓は、こうした日射取得を基本にそれぞれ性能が決められています。
冬場の日差しが期待できる南側は断熱タイプのエコガラス。反対に西日の熱を入れたくない西面では遮熱タイプのエコガラスが選ばれ、ダイレクトゲインの主役となるトップライトには、太陽熱を最大限に取り入れるため、あえて複層ガラスを採用しました。

実際の暖冷房費はどういった状況なのでしょう。 
Tさんいわく「帰国してしばらく住んでいた賃貸マンションと比べて家の面積は倍、容積はもっと違う。エアコンの台数も2倍になったのに、電気代はあまり変わりません」。
トップライトによるダイレクトゲインに加え、エコガラスの窓と外張り断熱・充塡断熱を取り入れた高い断熱・遮熱性能による省エネ力がうかがえます。

運転時のエアコンはすべて、夏期冬期とも終始<お任せモード>。寝室では就寝時に消しますが、夏でも朝まで窓を閉めたままでいられるといいます。「エアコンなしで眠れない、ということは本当になくなりました」


明と暗、高と低。豊かな陰影を持つ住空間

前面道路からプライバシーを確保するため、北側2階部分には目隠し壁がつけられた。頂部は吹き抜けとし、内部に照明もつけることで室内からの圧迫感を軽減している
ダイニング側からリビングを見ると、ロフトを支える天井、階段、テレビ台の背面壁によって囲まれた、コーナー性の高いスペースであることがわかる
左手の窓は北側目隠し壁に面しており、吹抜けから落ちる光が入る
ストリップ階段の足元につけられたFIX窓は<暗>の1階から<明>の2階へと導く光の道しるべ。「奥にある寝室群からリビングへと、向かう方向を示してくれているようです」
<暗の空間>の代表であるTさんの書斎。囲われた最小スペースにも窓がつき、風通しが確保されている
ダイニングとリビングの境でロフトに延びる階段は、その造形性と黒いスチールの質感とでトップライトとともに存在感を放ち、家族の愛着もひとしお。窓辺に置かれた同様のテクスチャーを持つ置物は「この質感が好きで、家を建てる時にもこのイメージに合わせるといいね、と話していたんですよ」と奥様が明かす、T邸の隠れたモチーフ
取材にうかがったのは「引っ越して、今日でちょうど一年目なんですよ(Tさん)」という記念すべき日。「打合せはずっと楽しかった」と振り返る住まい手と「シミュレーションを重ねた提案を受け入れていただいて感謝でいっぱいです」と語るつくり手のあふれる笑顔に、家を通じてこれからも続く長い明るい関わりが見えるようだ。右からTさんご夫妻、井田晋介さん、一人おいて阿式信英さん

T邸のメインスペースである2階は、南に水廻りとテラス、中央にダイニングを挟んで北にリビングが続き、キッチンや家事室、収納は東側に集められています。
周辺環境を与件に、採光から家事動線まで総合的に検討して導かれた配置ながら、一般的に<南に水廻り、北にリビング>はあまりお目にかからない間取り。
しかも北側は接道面で目隠し用の壁までつき、開口部も控えめです。さらに上部にはロフトがあり、かなり低い天井となっています。

ちょっと不思議なリビングには、Tさんご夫妻の深い考えがありました。

「屋根が高く明るくて、家族が集まる気持ちのいい場所は、僕らにとっては<食卓>だったんです。その一方で<居間>は、なんとなくウダウダしながら(笑)おやつ食べたりテレビを見ている<溜まり>のイメージでした」とTさん。
井田さんも「天井が低くてコーナー的雰囲気のある落ち着いたリビングを、とのご要望でしたね」と振り返ります。

開放的なダイニングと、巣ごもるように安心できるリビング。居心地の良さとは一面的なものではないことを、改めて教えられるようです。

そして夜、2階は違った表情を見せ始めます。
「食事時はリビングの照明を消すんですが、天井が低くて暗い向こう側があり、こちら側は明かりがついて天井が高く、トップライトから月も見える。暗いところがある中で、広くてちょっと明るく、そして空があるところで家族が集まって食事をする、この雰囲気がすごくいいですね。毎日の楽しみのひとつです」

ここで語られているのは明と暗、陰影の魅力でしょう。
夜間だけでなく「朝起きて、暗い巣のような寝室から2階に上がるとぱっと明るい。起きたなあ、という感覚を毎朝感じて気持ちがいいんです」。
空間が住まい手に働きかけ、その感性をより研ぎすましている…そんなイメージが浮かびました。

海外を含めて多くの家に住んできた経験を生かし、今の家族にふさわしい家ができました、と楽しげに語るご夫妻。
その喜びに寄り添うように「我々の想像を超える暮らし方や経年変化によって、この家は日々変わって行くと思うんです。そんな様子をこれからもときどきお邪魔して、確認させていただけたらと思います」と阿式さんが答えます。
その言葉の中には、家族によって生きられていく家を支え続ける作り手の喜びもまた、確かに息づいているようでした。



取材日:2013年7月20日
取材・文:二階 幸恵
撮影:渡辺 洋司(わたなべスタジオ)

今月の家を手がけた工務店:参創ハウテック+カサボン住環境設計

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