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おもてなし

北海道洞爺湖サミットが閉幕して1週間。政府は各課題について一定の成果を上げたとしていますが、漁業団体による一斉休漁など厳しい現実を目の当たりにすると、実際に何かが“動き出す”期待を持ってよいものかどうか、考えてしまいますね。

今月に入って、私の住む地域のスーパーでは、一斉にレジ袋の有料化が始まりました。それまでは、エコバッグ持参のお客さんは少数派でしたが、半月経った今では、ほとんどの人が当然のようにエコバッグを使っています。お使いに来たお父さんらしき男性客を除いて(笑)。

旅行などで海外のスーパーやコンビニを使うと実感するのですが、もともと日本は少々サービスが行き過ぎています。家に帰ればあるのに、使い捨てのお箸やスプーンを入れてくれたり、飲み物1本でもレジ袋に入れてくれようとしたり。アメリカなどでは頼まなければあり得ないことですが、それを「サービスが悪い」と感じるとしたら、その感覚は日本人独特のものでしょう。「必要がないから、しない」それだけのこと。

では、現在の過剰なサービスはどこから来たのでしょう。一つに、“おもてなしの精神”があるのでは、と思います。本来は、心遣いや思いやりをもって歓待する精神をいうのだと思いますが、商業性が強くなるにつれ、ある意味偏って発展してしまったように感じます。

洞爺湖サミットでも、日本流のもてなしが話題になりました。取材に訪れた国内外の記者に配られた「プレスキット」の品数が多すぎるうえ、過剰包装だったというのです。国内メーカー製の腕時計まで付いた内容に、外国の記者は「日本らしくていいじゃない」と笑ったそうです。

一方、キットを用意した外務省は、「日本のおもてなし精神を忘れたくない」と品数を絞りきれなかったとのこと。“おもてなし精神”というよりも、“見栄、メンツ”のような気がするのは、ひねくれた見方でしょうか・・・。

“おもてなしの精神”は、本来とても美しく、日本人として誇りに思い、大切に守っていきたいものです。ただし、節度をわきまえないと気品が薄れ、華美になってしまう。“心”をどう表現するか。上品に巧みに表現できる人になりたいと思うのです。

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