どうして こうなる
ドライブなどで田舎に出かけると、無人の農作物の販売所をよく見かけます。その朝収穫したばかりの大きな野菜がごろごろと並べられ、ごく簡単なつくりの集金箱が置いてあるだけの販売所。手書きの値札には、都会に住む者には驚きの価格が・・・。
私は、こうした無人の販売所が大好き。先日、夏期休暇を利用して清里にドライブに出かけた際も、昼食をとった店に隣接していた販売所に立ち寄り、肉厚のピーマンと好物のジャガイモを買いました。締めて200円。その日の食卓には、大きなピーマンの肉詰めとポテトサラダが並びました。
こうした販売所、「代金を払わない人もいるのでは」と心配に思う人も多いでしょう。私が立ち寄った販売所には、「生産者は、みなさんの良心を信じています」と書かれた札が立てられていました。そう、人間、良心に任せられると悪いことはできないもの。人に本来備わっている“良心”に対する信頼の上に成り立っているのです。
ところが、身近なところで、簡単には理解できない“良心の崩壊現象”が起きています。7月17日のブログで、私の住む地域で一斉にレジ袋の有料化が始まったことを紹介しましたが、これに伴って万引きの件数が急激に増加しているというのです。
「そんな副作用があるなんて」と驚いて調べてみると、マイバッグを悪用した万引きが全国的に増えていることがわかりました。高価な物はマイバッグに移し入れ、安い物だけをかごに残して清算する手口や、未払いの商品をマイバッグに入れたまま店外に出る手口などが目立っているそうです。
確かに、口の開いたマイバッグと買い物かごを両方持って買い物したり、他の店で精算済みの商品が入ったマイバッグを次の店でも使ったりすることがあり、使い方を見直す必要はありそうです。悲しいことですが、マイバッグの登場によって商品を持ち去りやすい環境、出来心を持ちやすい環境が生まれてしまったのかもしれません。
しかし、マイバッグの弱点を見つけてしまったとしても、当然のことながら、実行に移すかどうかは別問題。何より驚き、悲しいのは、良心を捨てて実行してしまう人が多いことなのです。わたしたちに本来的に備わっているはずの“良心”は、そんなにもろいものなのか・・・。
マイバッグ運動を単なるブームで終わらせず、確かなエコ活動として定着させていくためにも、どこかに置き忘れてしまった“良心”を取り戻しに行こうではありませんか・・・!

